設立当時の神龍導水門、隧道(トンネル)、石狩川を横断する湾管(逆サイホン管)の様子、そして現在の神竜頭首工、導水トンネルが造られるまでの歴史を当時の写真を元に振り返ってみましょう。
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1.神龍導水門完成
昭和2年4月10日通水 当時の施設は河川への堰が設けられていなかった
2.神龍導水門 基礎工事
大正13年10月頃
3.随道(トンネル)工事
大正14年 人の手に頼らざるを得ない時代、工事は困難を極めた
4.完成した幹線用水路(当時の古潭荘付近)
昭和元年頃
5.取水口整水門前
昭和2年4月10日 待望の石狩川取水が可能となる
6.資材運搬用の神龍橋完成
大正13年3月8日 完成 神居古潭駅からの工事用資材運搬のために石狩川へ橋が架けられた。手前はそれまで使用されていた吊橋(通称:針金橋・巻橋)
7.湾管工事(石狩川横断サイホン)の仮締切
大正14年ごろ 石狩川を片側ずつ締め切り工事が進められた
8.湾管工事に使用したアメリカ製の削岩機
大正14年ごろ 河床の岩盤を掘削するためアメリカ製の削岩機が導入された
9.湾管工事
大正14年ごろ 当時はすべて手作業で、石狩川を横断する湾管(逆サイホン管)も現場で生コンクリートを練り込み造られた。
10.昭和16年洪水災害の復旧工事完成
昭和18年7月頃
11.昭和16年洪水災害の復旧工事完成
昭和18年7月 蛇籠堰と導水門 石狩川の河床が低下して取水が困難となっていた
12.導水門前での渇水対策 仮締切の様子
昭和5年7月頃 渇水期になると組合員総出で蛇籠積みを行い、取水出来るまで水位を上げる必要があった
13.導水門前の渇水防止工事 仮締切状況
昭和5年7月頃 折角積み上げた蛇籠は大雨のたびに流失し、取水をますます困難にした(戦時中は鉄線が手に入らず、代わりにぶどう蔓を用いて蛇籠が造られた)
14.神竜頭首工完成
昭和36年 国営神竜地区により土砂吐2門、洪水吐1門、転倒堰3門、取水門2門を備えた神竜頭首工が完成
15.神竜頭首工ピアーのコンクリート打設状況
昭和35年~36年 洪水吐および土砂吐用
16.国営かん排事業 神竜地区沈砂池完成
昭和33年 自然河川から取水をするため、流入土砂への対策が必要となった
17.水神宮の改修と記念碑
昭和37年 記念碑は昭和2年に建立
18.国営かん排事業の完成除幕式
昭和37年
19.工事用の仮橋を架設
昭和53年 国営北空知地区が着手され工事用の仮橋が架設された
20.現在の導水路トンネル工事状況
昭和53年 吐口側より 馬蹄型トンネル高さ幅とも3.8m
21.コンクリート打設用の生コンプラント建設
昭和53年 トンネル工事と頭首工工事に使用
22.導水路トンネル工事状況
昭和54年 呑口側より
23.手前が新頭首工ピアー、奥は旧頭首工
昭和60年
24.現在の神竜頭首工
昭和61年完成